透明、パンに…常識覆すしょうゆ続々 多彩な九州の醸造所

 九州には、伝統的な製法を守り、昔ながらの地域密着営業で家庭にしょうゆを届ける醸造所が少なくない。食生活の変化などでしょうゆの消費量が少しずつ減る中、常識を覆すような新たな味の提案にも挑戦している。「甘い」だけではない、多彩な九州のしょうゆの魅力を紹介する。

鹿児島市の吉永醸造店 量り売りに御用聞き 今も

 JR鹿児島中央駅(鹿児島市)から歩いて10分。吉永醸造店に入ると、茶色の大きなかめが五つ、鎮座していた。3代目の吉永広記(ひろのり)さん(43)がふたを取り、ひしゃくでしょうゆをすくって、客が持参した容器に流し込むと、香ばしい香りが店内に満ちる。1928(昭和3)年の創業当時から変わらない光景だ。

 量り売りでしょうゆを購入する人は減ってきたが、なじみ客の中には今も、空の一升瓶やペットボトルを持って訪れる人がいる。5合の注文を受けても、7合分入る特注のひしゃくでなみなみと注ぐ。

 対面販売にこだわるのは「お客さんとの近さを大切にしたい」と考えるからだ。店内では、料理に合うしょうゆの相談から雑談まで、会話が絶えない。25年通う主婦(50)は「夫は小さい頃からここのしょうゆ。ここの味しか受け付けない」と笑う。

透明、パンに…常識覆すしょうゆ続々 多彩な九州の醸造所

 定期的に自宅を訪ねる御用(ごよう)聞きの顧客は約3千軒ある。屋久島などの離島も泊まりがけで回る。「店の味」に調整してほしいという飲食店からの要望にも、可能な限り対応している。「確かに手間がかかる。それでも、何もかも簡単に手に入る時代だからこそ、お客さんとの絆を大切にしたい」。手間をかけて熟成させたしょうゆを、手間を惜しまずに直接、届けている。

糸島の北伊醤油 天然醸造、地産地消で

 いって砕いた小麦に種こうじをまぶし、蒸したばかりの湯気立つ大豆と混ぜ合わせる―。福岡県糸島市にある1897(明治30)年創業の北伊醤油(しょうゆ)を訪れると、足袋を履き法被をまとった従業員が「こうじ」づくりの真っ最中だった。6代目、山上弘司さん(38)の額にも汗が光る。

 北伊醤油は、醸造期間を短くする技術が進み、約半年でしょうゆができるようになった今も、じっくり時間をかけて発酵、熟成させる昔ながらの天然醸造で看板商品を造る。大豆と小麦に種こうじを付けて繁殖させたこうじを、塩水と一緒に深さ約2メートルもある杉おけに入れる。四季の移ろいに委ねるように2年半~4年かけて発酵、熟成させる。

 「代々受け継がれてきた杉おけには何十年もすみ着いている酵母がいて、その働きで、早期醸造とは異なる味の奥深さ、香り、うま味が生まれる」

 糸島市は食材が豊かだ。山上さんは地元の原材料にこだわり、1年前から無農薬栽培の大豆や小麦の仕入れを始め、大豆の種まきや収穫などの農作業にも参加。古里とのつながりを大切にしてきた。「しょうゆを配達しながら、遅くまで働く農家の皆さんを見てきたし、人となりも知っている。地元の人たちが手掛ける食材に間違いはない」

 北伊醤油のしょうゆ造りの動画はこちら